スペシャルレポート Vol.10 私がオススメする!この小説、このマンガ 池澤春菜

 『クレヨンしんちゃん』や『ONE PIECE』、『ドラえもん』など数多くの人気作品に声優として出演するかたわら、日本SF作家クラブ会員でもあり、『本の雑誌』をはじめとする数々の媒体で連載を持つ文筆家でもある池澤春菜さん。声優として身を置くアニメ部門はもちろん、エンタメ小説、ラノベ、マンガ部門のすべてのリストを見ながら、「これ好きです」「わ、懐かしい!」「ああ、これも入っている」と歓声をあげる大の読書好きだ。その膨大な知識と教養は、祖父である小説家の福永武彦、父である小説家・翻訳家の池澤夏樹らの影響を受けながら育った、芳醇な読書経験に裏付けされている。自身も身を置く業界の作品は、なかなか客観的に見られないということで、今回は、一日一冊は本を読むという池澤さんに、特にエンタメ小説・マンガの魅力について語っていただいた。

ジャンル小説の“お約束”は国境を超える

――全部門において、知らない作品はないのではないかというくらいご存知の作品ばかりのようですが、普段は、どのような作品を読まれることが多いのでしょう。


池澤 翻訳小説が多いですね。日本語で書かれた物語って、わかりすぎてしまうがゆえに、妙に近く感じてしまうんですよ。たとえるなら、ものすごく空いている電車内で真横に立たれたような落ち着かなさ(笑)。翻訳文体はどちらかというと少し距離のある、隔靴掻痒(かっかそうよう)な感じが逆に心地いいんです。感情の押しつけがあまりないので。これはたぶん、幼いころから翻訳ものの児童文学を入口に読書体験を培ってきたのと、海外のSF小説が大好きなので、その影響が大きいと思います。でも、あまり偏りがあるのもよくないと自覚しているので、読書の95パーセントが翻訳小説で占められているところを、国内小説と半々くらいに持っていきたいとは思っています。


――海外から輸入される作品を豊富に読んできた池澤さんは、逆に、日本の作品が輸出されることについてはどのように感じられますか。


池澤 アニメやマンガにはビジュアルの力がありますが、小説は文章の翻訳だけで伝えていかなくてはいけませんよね。文章というのは、その国の思想、哲学、そして国民性を表しているものだと、海外の小説を読んでいても強く感じます。なので、日本人が当たり前のように共有している文化や温度感をベースとして、淡々と日常や感情を描いたような作品だと、その物語の胆を伝えるのはなかなか難しいかもしれません。でも、ジャンル小説であれば海外へ打ち出していきやすいんじゃないかと思います。


――ジャンル小説というと、ミステリーやSFといった類のものでしょうか。


池澤 そうですね。ジャンル小説というのはある意味、思考停止の文学なんですよ。たとえば何か不思議な事象が起きたときに、その原因が魔法であればファンタジー。地殻の変動など科学的な理屈によって起きたのであればSF。誰がなぜどのようにその人を殺したのか、というロジックであればミステリーになる。それはいわゆる“お約束”というもので、なぜ魔法なのか、という根本的なところを問い詰めずにあらかじめ合意できて、その合意の上で物語が構築される。その形式はおそらく世界各国どこでも変わらないと思うんです。まあ、とはいえどこまでをジャンル小説と呼べるのかという定義の問題はあるのですが。それでも、日本的な風土が色濃く出ている『夜市』(恒川光太郎)や『残穢』(小野不由美)も、ホラーであると銘打ってしまえば、入り方が易しくなる。海外のホラーは、鎧甲冑がアグレッシブに襲ってきたりゾンビが増殖したりという“盛る美学”なのに対して、日本は、日常との違和感や何かが欠けていることで不安感を煽る“引く美学”。そうした差異はありますが、その怖さを理解してもらえれば十分に通用するでしょう。個人的にはやはり、SF作品を強く推したいですね。


――今回、エンタメ小説部門では、『虐殺器官』(伊藤計劃)をはじめ、『皆勤の徒』(酉島伝法)、『ヨハネスブルグの天使たち』(宮内悠介)、『オービタル・クラウド』(藤井太洋)など新たな才能によるSF作品が多くノミネートされています。


池澤 今おっしゃったような、ゼロ年代作家と呼ばれる方々は、海外SF作品の呪縛から解き放たれつつある気がするんです。つまり、これまで主流だった海外SF作品にとらわれず、その素養は蓄積しながら、自分は自分として日本語で独自の小説を書けるという。そうすることで、国内外の壁も薄れつつあるんじゃないでしょうか。特に『虐殺器官』は、海外の雰囲気をもって書かれたというわけではなく、かといって日本特有の文学というわけでもないという、どの言語で読んでも通用するでしょう。先入観なく読んだときに、それが国内作家のものなのか海外作家のものなのかがわからない、国籍もなにもかもを超えて世界中に衝撃を与えることができる物語なんです。伊藤計劃さんが、SFファンや関係者に与えた衝撃は大きかったですね。大森望さんがおっしゃる“伊藤計劃以降”という表現は賛否あると思いますが、やはりひとつのエポックメイキングであり、わかりやすい転換点だったと思います。もちろん伊藤さんお一人ですべてを変えたわけではないのですが、それまでゆるやかに変わりつつあった何かが、伊藤さんのそのポイントをもって一気に動き始めたところはありますから。本当に、惜しい方を亡くしたと思います(※2009年、デビューからわずか2年で病気のため逝去)。ずるいですよね。こんなすごいものを書いていなくなっちゃうなんて、誰もどうやったって追いつけない。でも、伊藤さんの流れを汲んだ、今や日本SF界の三本柱ともいえる酉島さん、宮内さん、藤井さんといった方々も、本当に素晴らしい作品を紡いでくださっていますからね。
 同様に、「機龍警察」シリーズ(月村了衛)は日本的な要素もありますが、SFとハードボイルドを掛け合わせた美学にのっとった美しさのある作品ですし、『華竜の宮』(上田早夕里)は、地球上に生きていれば誰しも想像可能な、海に対する底知れぬ畏怖を描いた作品だと思います。


――『皆勤の徒』は、アメリカで今秋刊行予定の日本をテーマとした幻想小説アンソロジー『PHANTASM JAPAN』に収録される予定です。果たしてあの独特の世界観を英訳可能なのか、と注目が集まっています。


池澤 難しさは確かにあると思うんですが、たとえば『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン)は翻訳家の黒丸尚さんのお力で、漢字を用いたダブルミーニングの表現や、情報量を凝縮した疾走感の高まりなど、日本語で読んだほうが面白いんじゃないかというくらいくらい魅力的な作品に仕上がっています。日本語だからこそ伝わる魅力というものももちろんありますが、英語で編み出されるまた別の魅力というものも生まれてくれるといいですね。


不思議な才能がたくさん生まれる、注目のWEBマンガ

――マンガは、どういった作品をよく読まれますか。


池澤 『虫と歌』(市川春子)や『竜のかわいい七つの子』(九井諒子)などの、日本にしかないリリカルな表現をする作品が好きですね。海外ではマンガは子供の読むものと思われがちですが、日本においては大人も読める表現形態のひとつ。文章か絵か、用いる道具が違うだけで、描きたいものは小説と同じだという捉え方のできる日本だからこそ、お二人のような作品は生まれてきたんだと思います。エンターテインメントを表現するのに適した方法を探していったら絵になった、という作品もあって、『マギ』(大高忍)や『三月のライオン』(羽海野チカ)、『姉の結婚』(西炯子)などがそれに代表されるんじゃないでしょうか。小説に変換したとしても通用する世界観ではあるけれど、絵と文が分かちがたく結びついているからこその説得力がある。そういった、「これはマンガでないと」と思わせてくれる作品に惹かれますし、世界にも十分通用すると思います。


――以前、“切ない”という感情は英語にはなく、日本人独特のものだという話を聞きました(http://sugoi-japan.jp/sugoi04.html 参照)。マンガが“胸キュン”や“イタい”など様々な感情表現を持つのは、日本の特性なのかもしれません。


池澤 大島弓子さんもそうですが、“空気を描く”ようなマンガがもっと、海外へも広まっていくといいですね。そうした傾向はBL(ボーイズ・ラブ)作品にも強いと思うんですが、今回はほとんどノミネートされていませんね。『同級生』(中村明日美子)は、男同士の性愛というよりはどちらかというと心の交流を描いたものですし。ジェンダー問題は扱いが難しいと思うのですが、もろい心を抱えた少年同士の交流を描いた耽美な世界の美しさというのも、日本にしかない表現のような気がします。長野まゆみさんの小説や、『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)のような。
 それともうひとつ、注目すべきはWEBから端を発したマンガですね。


――今回のノミネート作品でいうと、『ワンパンマン』がそれに該当しますね。もともと原作者のONEさんがWEB掲載していたマンガですが、『アイシールド21』などで知られる村田雄介さんが作画を担当し、現在WEBサイト「となりのヤングジャンプ」で連載されています。


池澤 日本に脈々と受け継がれていた“ヒーローもの”のお約束をことごとく外していくというところが面白いので、マーベル・コミックス社などヒーローものを多く生み出しているアメリカの人々がどう読むのか気になるところです。
 最近はWEBマンガからユニークな作品が数多く生まれているので、各社サイトを読み比べたりして、注目しているんです。雑誌は読者層がおおよそ固定しているので、ある程度決まった方程式をもとに作品がつくられることが多いのですが、WEBにはそれがないから型にはまらない自由さを持つことができる。説明しがたい不思議な空気をもった、「この人じゃないと描けない」という作品が生まれやすいんですよ。しかも、週刊連載よりもはやく人気の度合いを測ることができる。雑誌全体の売り上げやアンケートではない、作品のページビュー数というダイレクトな数字を掲載された直後から知ることができますから、本当に人気がないと続かない。そうして、プロとアマの境がどんどんなくなってくるんです。百万人が読んでいるアマチュアの作品と、千部しか売れないプロの作品では何がちがうのか? プロっていったいなんなんだろう? ということに私たちは直面せざるをえない。もちろん、編集の目が入っていないぶん、だめなアマチュア作品というのもたくさんあるわけですが、そういう玉石混交すべてを一つの箱に詰めて振ってみたらどうなっているだろう、と実験しているのが今の時代だと思うんですよ。SUGOI JAPANでもぜひ、次はWEBマンガ部門を設けてほしいですね。


――WEBマンガまで押さえていらっしゃるとは思いませんでした。池澤さんをそこまで読書に駆り立てる情熱というのは、どこから生まれるんでしょうか。


池澤 好きなんです、本が。幼いころからずっと。だって、リアルな学校生活よりも本の中の世界のほうが何百倍も面白いじゃないですか。現実世界にいるどんなイケメンよりも本の中の登場人物のほうが素敵ですし(笑)。あとは、人は何かしらを諦めて生きていかなきゃいけないというのをどこで悟るかですね。
 この十年でナンバーワンの本を選べといわれるのは、この十年で一番おいしかったごはんがなんだったか教えろ、と言われるくらい難しい(笑)。それにしても十年って長いと思っていたんですけど、こうしてノミネート作品を見ていると意外と最近なんですね。どの部門も、誰もが楽しめる一般性の高いものから、根強いファンがいるコアなものまで幅広くて、“今”の、本当にちょうどいいところを掬い上げたようなリストだと思うので、どのような結果になるのか今から楽しみです。



(2014年10月24日、渋谷にて/取材・文=立花もも 写真=遠藤貴也〈バナー、本文2枚目写真〉)

作品紹介

『乙女の読書道』

池澤春菜 本の雑誌社 1500円(税別)

1日最低1冊は本を読むという生粋の読書家・池澤春菜が、その膨大な愛読書から特に厳選したおすすめの約60作品を紹介した“書物エッセイ”。海外SFから国内ミステリー、ファンタジー、韓流ドラマの原作小説まで幅広く紹介。エンタメ小説部門にノミネートされた『皆勤の徒』(酉島伝法)、「天帝シリーズ」(古野まほろ)も紹介されている。

PROFILE

池澤春菜いけざわ・はるな

1975年、ギリシャ・アテネ生まれ。声優、女優、エッセイスト。95年、TVアニメ『愛天使伝説ウェディングピーチ』にて声優デビュー。現在は声優業のほか、雑誌『Mac Fan』『本の雑誌』など数々の媒体で連載をもち、文筆家としても活動中。著書に膨大な読書歴から厳選した推薦書を掲載した『乙女の読書道』。CDアルバム『羽化-eclosion-』も発売中。
公式ブログ「ななろぐ」 http://haluna7.chu.jp/
公式Twitter https://twitter.com/haluna7