スペシャルレポート Vol.8 「ラノベ」と「エンタメ小説」ジャンルを超えてノミネート! 冲方丁

  近未来を舞台に、肉体を損傷し機械化された身体をもつ少女たちの活躍を描いた「シュピーゲル・シリーズ」。江戸時代、人生をかけて日本独自の暦をつくりあげた渋川春海の一生を描き、本屋大賞を受賞した『天地明察』。今回の「SUGOI JAPAN国民投票」において、ラノベとエンタメ小説、2部門においてノミネートを果たした両作の著者・冲方丁。また、アニメ部門にノミネートされている『PSYCHO-PASS サイコパス』の第2期(2014年10月スタート)にはシリーズ構成として参加している。
 ジャンルを超えた作家として、クリエイターとして、常に進化とチャレンジをし続ける彼に、その尽きない表現欲求の源を語ってもらった。

日本コンテンツで一番スゴイのは日本語!?

――まず、小説やアニメをはじめとする日本のコンテンツが海外に輸出されることについてどのようにお考えか教えてください。


冲方 大前提として、国内のマーケットが供給過多の飽和状態にあるので、海外に売っていかないことには将来はないと思っています。アニメでいうと、一年間で放映される作品をすべて観ようとすると3年かかると言われている。国内だけをターゲットにしていては必ず行き詰ります。ですが日本は、文化の輸出が下手で、特にエンタメ業界は「文化を翻訳する」ことが非常に不得手なんです。
 たとえばアラブ諸国では、進化論に抵触するような作品は基本的に売ることができないのですが、宗教的な定義をクリアする以前に、現地にそうした問題があるという意識自体が日本人にはない。本来なら意識的に相手の文化のフックを読んだ上でコンテンツを売っていかなくてはいけないのに、日本人はそのマッチングをうまく行うことができません。輸入は大得意なんですけどね。どんな文化も日本的なものとして吸収してしまう能力には非常に長けている。でもまた、それこそが日本文化の輸出を困難にする原因のひとつでもあります。


――と、いいますと。


冲方 日本語というのは、世界でも類を見ない“6種類の文字を使う”言語なんですよ。漢字、ひらがな、カタカナ、それから漢数字。さらにアルファベットと英数字を吸収し、ありとあらゆる言語の文化を、片っ端から翻訳して自国文化にとりこむという能力を培ってきました。その結果、情報的にも情緒的にも密度の濃い表現を際限なく広げていくことができるようになったわけですが、それだけの文字を駆使してできた日本語を他言語に翻訳するのは至難の業です。深く豊かな文化が蓄積されてきた一方で、かえって外部へ持ち出しづらいものになってしまいました。にもかかわらず、コンテンツは今も大量に生産され続けています。もちろん、その過程はクオリティを上げるうえでは非常に有意義なんですが、コンテンツが成熟した今、本来であれば世界に発信するという次の段階に入っていかなくてはならないのに、日本はそこで止まってしまっている。このままだと、自分たちの重みを支えきれなくなって潰れてしまいかねません。「海外の人たちが日本のアニメを好きだと言ってくれている、認めてくれて嬉しい」というところで終わっていて、相手国に適応しようという意欲が足りない。それは相手国の問題ではなくて、純粋に日本人の問題なんです。


――まずは意識改革が必要ということですね。


冲方 はい。その上でどうにかして海外に適合するように翻訳していくことですね。もう一つの解決策としては、海外の人たちに日本語を覚えてもらうという方法があります。日本語そのものを世界に売って、世界的に有名な言語に押し上げていくんです。日本文化で一番スゴイのは、日本文化を生み出した日本語だ!って。まあ、日本語を学ぶメリットがなにかっていうと、ビジネス的には、日本人と商売できるってことくらいしかないんですけど(笑)。でもそうすると、コンテンツはより豊かになっていくはずなんです。そのためには日本語を勉強する人たちを受けいれる土壌がこちらに必要となってくる。いずれにせよ、国内の飽和状態を脱却するためには海外の新規市場を開拓しなくてはいけない。そのために僕たちができることは、まだまだたくさんあると思います。


――海外に輸出することの問題点の一つに、「海賊版の横行」ということがあると思います。7月17日、冲方さんは「自作の二次創作を全面解禁する」ことを自身のブログで発表されました。それとともに、これまで規制が曖昧で、グレーゾーンであるがゆえに横行していた海賊版や違法ダウンロード、不法販売に厳しく対処するとおっしゃっていますね。


冲方 国内でのコンセンサスをはっきりさせない限り、海外での海賊版撲滅なんて夢のまた夢だと思うんですよ。どれだけ海賊版を禁止しても、日本国内には二次創作物が溢れている。そしてこの二次創作物に対する法的な規制は非常に甘いですから、日本国内で二次創作だと称して作ったりコピーしたりしたものを海外に持ち出されてしまったらそれでおしまいです。実際、法的には取り締まれない海外のプロバイダを使って違法ダウンロードサイトをつくるなど、似たようなことがネット上では平然とやられていますし。どれだけ原作側が厳しく取り締まっても、二次創作を通じて浸食されるという事態が起きてしまう。まずは一次創作者と二次創作者がタッグを組むことで、海外から浸食しようとする違法ダウンロードや海賊版に対する壁を厚くすべきだと思うんです。


――ブログでは、「メディアミックス作品のどれもが一次創作であると明確に」し、敢えて自動的に二次創作を許諾することから「『二次創作である』ことを明記しないものは、全てこれ海賊版とみなして対処」することも宣言されています。


冲方 メディアミックスが二次創作の延長のようにとらえられている限り、海賊版の横行は止められませんから。一方で二次創作者の多くは、お客さんとしてもとても優良で、次代のクリエイターになる可能性を秘めた人も多い。あるいは編集者になったり、バイヤーとして海外へ輸出しようとしたりする人がそこから生まれるかもしれない。具体的にどうしていくかというのはまだ話せないんですが、二次創作を肯定することで、連携していきたいと思っています。その二次創作者を通じて、海外のお客さんに作品を広く届けていくということも十分にありうるのですから。


冲方丁、ライトノベル作家引退宣言の真意

――今回ラノベ部門にノミネートされた「シュピーゲル・シリーズ」は、『オイレンシュピーゲル』『スプライトシュピーゲル』がレーベルを超えて世界観を共有し、リンクしあいながら同時連載されるという異例の試みで始まりました。現在Kindleにて連載中の『テスタメントシュピーゲル』でついに完結とのことですが。


冲方 これまでのすべてが合流し、視点が合体する物語になる予定です。書きはじめたころに想定していた以上のものを身に着けてしまったので、どんどんプロットが変わってきてしまい、どうしようかと思っているところです(笑)。うっかり全3巻構成と決めてしまったがために、2巻の枚数がどんどん膨らんでしまって。すでに表紙が決まっているので分冊できないんですよね。やれることは全部やってしまおうと思っていたので、密度、登場人物の多さ、題材そのものが中高生にはハードルの高いものになってしまったかもしれません。でも、中高生だってこれくらいわかってもいいんじゃないかと思って盛り込んでいます。手加減はしないつもりです(笑)。


――「シュピーゲル・シリーズ」をはじめ、冲方さんのライトノベル作品で特徴的なのが、記号を多用し文字を視覚的に見せる「クランチ文体」ですが、これはどのように編み出されたものなのでしょうか。


冲方 パソコンのキーボードを見たときに、日本語で表現可能な文字がこんなにある、できればこの記号全部を使った小説を書きたい、と思ったのが最初ですね。カッコひとつとっても「 」、“ ”、〈 〉など多種多様にありますし、漢字とひらがなのバランスやふりがな(ルビ)など、先述した6種類の文字を使えば際限なく表現の幅を広げていけるんです。○○ちゃん、○○さんといった呼称のニュアンスの違いなど、言葉の概念も幅広いですしね。そんな日本語のおもしろさをとことん追求してみたかったんです。ちょうどそのころ『電車男』が出版されて、インターネットの掲示板文化が育ち始めていて、最初は戸惑ったんですが、文章として新しいと思ったことも大きいです。一見、なにを意味しているのかわからない文章も、つながりが見えたとたんにするっと意味が入ってくる。読者に労力を強いることにもなりますが、それに挑戦してみたいと。日本語の構造を崩しながら他の文法をとりいれ、密度と速度を一気に高める。そうすることで自分自身の文章、あるいは日本語というものをもっと客観的に見られる気がしたんです。とはいえ、本当にすべての記号を使おうとすると、記号のための小説づくりになってしまって話がズレてくるので、さすがにあきらめましたが(笑)。


――そしてこの「シュピーゲル・シリーズ」を集大成とし、ライトノベル作家としての引退を表明されていますが。


冲方 ライトノベルの今後を考えたときに、やはり10代・20代を対象とした読みやすい作品を、若者が若い感性で書くのがいいんじゃないかなと思うんです。それに、そもそもレーベル自体にそれほどの許容力はないと思うので、たくさんの作家がいてもまわらないんじゃないかと。だったらさっさと卒業して、他のレーベルで新しい種をまくほうが有意義ですよね。いつまでも僕が居座ればそのぶん、若い作家たちの活躍の場を奪ってしまうことにもなりますし。高校生で僕の作品を読みはじめた読者も、いつのまにかみんな大人になっていますから、そういう人たちが手にとりやすい場所に移って書くのが健康的なんじゃないかと思いますね。


「このままじゃだめだ」と叫ぶ、自分の中の衝動

――その新しいレーベルのひとつが、『天地明察』を代表とする時代小説なのでしょうか。


冲方 というよりも、本来は逆なんですよ。高校時代のレポートで扱って以来、渋川春海をちゃんと書けるようになりたい、というのが僕の作家としての目標だったんです。だけど江戸時代を書くには情報量が膨大だし、登場人物をたくさんさばかなきゃいけない。ストーリーテリングだけでなく、世界観を構築して読者に見せる技量がなくちゃいけないし、主題をちゃんと突き詰める必要もある。時代ものだからって、当時の人たちの文体をそのまま持ってきては意味がわからなくなるので現代語に翻訳する能力も身につけなくてはならない。それには文体の力を磨くしかない――ということで、まったく実力が足らずになかなか手を出せなかった。ようやくチャレンジできる、と意識したころに『野性時代』から連載のお話をいただいたんですが、そこではたと気づいたわけです。「あれ、読者がいないぞ」と(笑)。そういえばSFやファンタジー作品ばかり書いてきたんですよね。でも、あんまりそこにこだわってもしょうがない。SFだけを一生書き続けるつもりもないし、ラノベだけを一生やる必要もない。やりたいときにやればいいだけですから。


――では、時代小説以外のジャンルにも挑戦する可能性も?


冲方 そうですね。SF、歴史、ミステリー、ホラーといったすべてをやりたいと思っています。バリエーションを身につけないといけないというのは若いころから自らに課した課題でしたから。そのためにもまずは表現ジャンルを攻めていこうと思って、小説、マンガ、アニメ、ゲームの4つの表現ジャンルすべてを経験することを目標にしました。10年かかってようやくそれが叶ったので、次は各論のジャンルに移行する番だと。時代物はようやく「書ける」という一つの礎ができたので、次は、理想的には現代もの、SFもの、時代ものを並行して書けるようになりたいですね。ミステリーやホラーもです。それぞれのジャンルの特性を勉強していきたいです。


――そこまで貪欲な挑戦意欲というのは、どこから生まれるのでしょう。


冲方 僕の中に、「VSOP」というテーゼがあるんですよ。Variety(バラエティ)、Specialty(スペシャリティ)、Originality(オリジナリティ)、Personality(パーソナリティ)をそれぞれ伸ばしていかないといけないという。「バラエティ」はいろんなジャンルに挑戦することで、『天地明察』を書きはじめたころはたぶんこの時期だったんでしょう。アニメの仕事ばかりやっていたころは「スペシャリティ」で、一つのジャンルをとにかく掘り下げていました。「シュピーゲル・シリーズ」でクランチ文体を使ったのは「オリジナリティ」を追求していたからで、どんなジャンルを書いても失われない僕らしさ、というものはやはり必要だと思ったんです。そんなふうに創作経験をしていくことによって、僕自身の日常生活も形づくられていきます。本屋大賞を受賞して取材ばかり受けていたころは、いきなりニュース番組のゲストに呼ばれてコメントを求められたりもして、ひたすら「パーソナリティ」を鍛えられていました。イベントに参加することで作家としての顔が形成されていくこともあります。この4つを一つずつ繰り返し伸ばしてくというのが目標ですね。


――お話を聞けば聞くほど、そのストイックさに感銘を受けるばかりなのですが。何が冲方さんをそこまで駆り立てるんですか。


冲方 定期的に起きるんです、そういうムーブメントみたいなものが。衝動的に「このままじゃだめだ」と叫び始める“部署”のようなものが僕の中にあるんです。それはたぶん、世の中が動いているところに今触れておかないと自分自身を新しくする機会を失うんじゃないかという危機感のようなものだと思います。動け動け、今やれ今やれっていうその声が強くなると、他の仕事が手につかなくなっちゃうんですよ。しかも、外部の動きに触発されて起きるので、自分ではコントロールできなくて。わずらわしくなって、なくなっちゃえばいいのにと思うこともあるんですが、少なくともこれまでの自分の創作を支えてくれていた感性でもあるので無視できない。ありがたいようで大変迷惑な“部署”なんです(笑)。
 とはいえ、こうして取材していただいて話すと立派なことのように聞こえてしまいますが、僕にとってはごく当たり前のことをしているだけで、足りていないことはたくさんあります。三十代、四十代までにできるようになっておきたい、と思っていたことが全然できていない。たとえば四十代までに、ザ・ミステリーというような作品も書きたいんですが、あと2、3年しかなくて……。時代物も、日朝中の関係を書きたいと思っているんですが、今のペースだと全然間に合いませんね。焦ってばかりで、まだまだ課題は山積みです。



(2014年10月6日、表参道にて/取材・文=立花もも、撮影=藤井徹)

作品紹介

「シュピーゲル・シリーズ」

『オイレンシュピーゲル』(全4巻)

冲方 丁/著 白亜右月/イラスト KADOKAWA 角川スニーカー文庫

『スプライトシュピーゲル』(全4巻)

冲方 丁/著 はいむらきよたか/イラスト KADOKAWA 富士見ファンタジア文庫

『テスタメントシュピーゲル』(1巻)

冲方 丁/著 島田フミカネ/イラスト KADOKAWA 角川スニーカー文庫

シュピーゲル・シリーズ 作品情報

『天地明察』(上・下)

冲方丁 KADOKAWA 角川文庫

天地明察 作品情報

PROFILE

冲方丁うぶかた・とう

1977年、岐阜県生まれ。幼少期よりシンガポール、ネパールに在住し、14歳で帰国。早稲田大学在学中に『黒い季節』で第1回「スニーカー大賞」金賞を受賞しデビュー。その後、ゲームのシナリオ、マンガ原作、アニメの脚本・構成など幅広いく手がけ、2003年、『マルドゥック・スクランブル』にて日本SF大賞受賞。2010年、『天地明察』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を受賞し、第143回直木賞にノミネートされる。2012年、『光圀伝』で第3回山田風太郎賞受賞。最新刊は『はなとゆめ』。冲方丁オフィシャルブログ「ぶらりずむ黙契録」