スペシャルレポート Vol.3 日本オリジナル!少女マンガ世界へ

 日本人が幼いころからあたりまえのように触れている“少女マンガ”。だがそれは、世界には類を見ない独特のカルチャーだという。少女マンガだけでなく、世界共通語として発信されているKAWAII(カワイイ)など、乙女要素の強いコンテンツはなぜ日本独自の進化を遂げたのだろう。その理由を、少女マンガ研究を専門とする明治大学国際日本学部教授・藤本由香里氏にうかがった。

「読み手と描き手の近さ」日本の少女マンガにしかない特質

――そもそもなぜ、日本では少女マンガのような乙女コンテンツが豊富に育ったのでしょうか。


藤本 古くに遡れば紫式部の時代から、女性が語り女性が読むという文化は根づいていたわけですが、やはり20世紀初めに誕生した「少女雑誌」の存在が大きいですね。『少女世界』(1906年創刊)や『少女の友』(1908年創刊)などがその代表で、少女小説や挿絵などのイラストレーションが掲載されていた雑誌です。おそらくもともとは良家の子女たちに向けて、その教育のために発行されたもの。当初はまだ高等女学校に通えていた少女というのは、全体の5%未満だったようですが、女性が教育を受けるようになってきた流れと連動していたんだと思います。
 ただ、戦前から1960年代後半に入るまでは、少女雑誌には女性作家がとても少なく、全体の1~2割。女性マンガ家でいうと、長谷川町子さん、上田トシコさん、わたなべまさこさん、牧美也子さん、水野英子さん、少し遅れて西谷祥子さんくらいでしょうか。あとはほとんど、男性作家の作品でした。


――女性マンガ家たちが台頭し始めるのはいつごろなのでしょうか。


藤本 1960年代後半、里中満智子さんや青池保子さんがともに10代半ばでデビューしたのを皮切りに、一条ゆかりさん、もりたじゅんさん、忠津陽子さん……といった戦後生まれの若い女性マンガ家が一斉にデビューしていきました。これによって読者は、それまで男性が描いてきたお母さんモノなどとは違う“本当に読みたかったもの”に出会い、大きな衝撃を受けました。しかもそのころの日本はようやく経済も潤い、子供たちがある程度のお小遣いを手にするようになった。おかげで彼女たちは自分の価値観で読みたいものを自分で選べるようになったんです。少年マンガも含めて、マンガは子供向けで大人が買い与えるもの、として認識する国がほとんどのなかで、これは非常に珍しいことです。とくに女性向けジャンルでは珍しい。
 これによって雑誌に掲載される作品は、読者の素直な感想に晒され、淘汰されるようになりました。また思春期の心情を描くといったジャンルも、男性誌と女性誌の双方で確立したわけです。自分たちの読みたいものを、歳の近いお姉さんたちが描いている。それが若い女性読者に強く共感・支持され、次々とまた新しい若い女性マンガ家が誕生する。こうした読み手と描き手の距離の近さは、世界的に例のない特徴なんです。

日本にしかない、「少女マンガ」という文化

藤本 とはいうものの、実は戦前から戦後しばらくは、欧米圏でも少女マンガに通じる文化がさかんでした。1920~30年代、特にフランスでは、イリュストレと呼ばれる女性向けのイラストレーションがかなり高い水準で発達していて、蕗谷虹児や高畠華宵といった日本の叙情画家にも大きな影響を与えました。フランスでは日本の少女雑誌に似た女性向けのタブロイド紙も60年代末までは発行されていて、アメリカでも50年代までは少女マンガ・レディースコミックにあたるロマンスコミックというものが存在していたんです。

 ところが1950年代、保守化最盛期のアメリカでは、マンガは子供に悪影響を与えるとして国会で審議され、業界の自主規制としてコミックコードなるものが施行されました。要するに表現規制ですね。日本で数年前に問題になった都条例の比ではない厳しさで、肌の露出や汚い言葉遣いの禁止はもちろんですが、とにかく正義は絶対に勝たなくてはいけないとか、政治家や警察は必ず善として描かれなくてはならず、万が一組織に悪人がいたとしてもそれは個人悪であって組織悪ではないから必ず成敗されなくてはいけないとか、結婚は礼賛し離婚を肯定してはならないとか、非常に細かく厳しいものでした。そういう規制があっても問題ないのは、けっきょくスーパーヒーローものばかり。おりしもテレビと競争になった時期だったのもあって、中小の出版社が次々と潰れていき、潰れないまでも事業縮小せざるを得なくなる。直接に少女・女性向けコンテンツが規制されたわけではないのですが、生き残れるコンテンツが少なくなり、多様な出版ができなくなった結果、衰退してしまったんです。


――フランスの場合はなぜ廃れてしまったのでしょう。


藤本 フランスの古書店主に聞いた話ですが、1968年の五月革命がきっかけだったそうです。先に言ったタブロイド紙は、実はキリスト教系の団体が発行していたもので、若者が自分たちの新しい価値観をもって古い価値観を打ち崩す、その流れのなかでそのタブロイド紙は若い女性の指示を得られなくなった。しかもこれも、書き手はほとんど男性だった。内容も、かわいらしい反面で保守的だったので、メディアとして新しい世代の女性についていけなくなったのでしょう。ここが日本との分かれ道で、日本では同じ時期に新たな若い女性の描き手が登場し始めて男性の作家に取って代わったのに対し、フランスではそのまま廃刊となって終わってしまったんです。
 70年代に入ると、日本で少女マンガを描く男性はほとんどいなくなります。和田慎二さんなどの少数の例外を除いて基本的に男性マンガ家が少女マンガ誌に描くのはギャグかショートショート。ストーリーマンガを描くのはほとんど女性という状況になっていきます。この転換は、日本の少女マンガ文化がここまで高度に発達した理由として非常に大きいものだと思いますね。

少年が主人公の少女マンガの誕生と、BLの広まり

藤本 世間は基本的に大人の男性の価値観で動いています。「若い女性」という表象は数多く使われますが、女性の価値観というのはどうしても二の次にされる。けれど日本の少女マンガは、思春期の価値観を本人たちに寄り添ってつくっているわけで、そうした文化は世界的に見ても大変珍しいことです。こうして少女マンガの土台が培われ、その中で、萩尾望都さん、竹宮惠子さん、大島弓子さん、山岸凉子さんといった非常に文学的なマンガも描かれるようになりました。そして同時に、少年向け、少女向けというジャンルが疑いようもなく確立したことで「少年が主人公の少女マンガ」というものも成立するようになった。『トーマの心臓』『風と木の詩』『日出処の天子』などがそれで、少年同士の親密な関係、すなわち少年愛のマンガの誕生です。このモチーフは、なぜか女性の心をものすごく強くくすぐるんですよね。


――その発展形として、今はBL(ボーイズ・ラブ)も一ジャンルとして確立しています。


藤本 これはおそらく、マーケティングでは絶対に感知できなかった領域でしょう。作家自身が「描きたい」という欲望のもとに描いてみたら、「これを求めていた!」と飛びついた読者が想定以上に大勢いた、これもまた描き手と読み手の近さが生み出した賜物ですね。最初は文学的な少年愛作品だったはずが、「男ばかりの世界を描いた既存のマンガやアニメから登場人物二人を選んでカップルとして組み合わせる」というパターン(=やおい)ができたことで敷居がさがり、それがまたパロディの部分を排して商業化されたBLという分野ができる。こうしてこのジャンルは、男同士の性愛を描いたマンガ・小説=「やおい・BL」となって今に至り、実は世界中で読まれているんですよ。もちろん広まり方は国によって違いますし、宗教の問題もあるのであまりに過激なものは規制されたりもしますが、中国には『801(やおい)彼女』というBL雑誌がありますし、フランスではフランス版『BE BOY』が出ているし、アメリカでも『BOYS’ LOVE MANGA』というBLの研究書が出たりしています。特にBLはドイツの女性には人気がありますね。先日フランスで行われたJAPAN EXPOに行った際は、ドイツ人のBL作家の方がサイン会をしていたりしました。


――ドイツでの人気には、なにか特別な理由があるのでしょうか。


藤本 というよりも、ドイツではそもそも女性のマンガ読者が多く、少年マンガより少女マンガのほうが遙かに人気があるんですよ。ドイツは不思議な国で、自国のマンガ文化はほとんどありません。ほとんどがアメコミとB.D.(※ベーデー/バンドデシネの略。メビウスの一連の作品などフランス語圏のマンガ)、要するに輸入されたものばかりだったんですが、そこに、20世紀の終わりになって急に日本のマンガが流入した。最初、カールセンという出版社が取り扱うマンガをすべて日本のものに切り替えたところ、売り上げがなんと40倍近くになったそうです。この時は『ドラゴンボール』をはじめとする少年マンガが中心だったんですが、これを追いかける形でエグモンド・エハパ社が出版した『セーラームーン』が大ヒット。欧米圏のマンガは基本的に描いているのも読んでいるのも男性だったので、「こんなものがあるのか」と女性が夢中になって飛びついたんです。女性の読者が増えたことで、BLの人気もあわせて広まっていったのでしょう。マンガ文化が根付いていなかったからこそ起きた現象だと思います。

マンガ、アニメ、グッズの三位一体展開を

――BLではない、少女マンガが今後世界に広まっていく可能性というのは、どういうところにあるでしょうか。


藤本 すでにかなり広まって入ると思うんですよ。ドイツでもそうだったように、日本マンガが海外に広まっていくとき、「私も描いてみたい!」と強く反応するのはだいたい女性なんです。日本マンガのスタイルを引き継いだ現地ローカルのマンガは女性を中心に生まれ、定着していく傾向はある。
 ただ一方で、日本のマンガ産業というのは、マンガ、アニメ、グッズの3つがいわゆるメディアミックスをされてものすごく密に展開されて栄えているんですね。マンガは出版されているのにアニメは放映されていないという国はたくさんありますし、グッズに至っては海賊版ばかりが流通していることも多い。日本のグッズは、デザインやスタイルもかなり洗練されていてお洒落なのに、もったいないなと思いますね。
 日本はもともと、魅力的なグッズをつくる技術に非常に長けています。少年愛の流れのあと、陸奥A子さんや田渕由美子さんのマンガに代表される“乙女ちっく”という流れが生まれ、丸文字が流行り、『りぼん』にファンシーな付録がつくようになりました。「かわいい」という言葉を人ではなくモノに対して使い始めたのはこのころだそうです。この頃から、少女たちの手によってファンシーな文化が生まれ支持されて栄えていき、今、海外に発信されているKAWAII(カワイイ)というカルチャーへと進化していったわけです。


――そうした日本の特性を、もっとうまく利用したほうがよいということですね。


藤本 そのために注目すべきひとつは、各国で開催されているフェア。フランスのJAPAN EXPOをはじめ、コミックフェスティバルがさまざまな地で開催されています。けれど、今はそういう場で目につくのは、質の悪い海賊版グッズ。この現状はなんとかしないといけません。インターネットで違法配信できる動画と異なり、グッズは欲しければ確実に売れていきますし、そうした市場で質のいい正式版グッズを流通させることは、結果として海賊版を締め出すことにもなりますから。
 もう一つ、ファッションやスタイルとしてマンガを打ち出していく、という方法もあります。数年前、『VOGUE』がファッションに日本のマンガやアニメが影響を与えているという仮定のもと「Manga×Mode」という特集を組みました。コスプレというと日本では馬鹿にされがちですが、実はマンガやアニメを描く線(ライン)というのは美術的に非常に洗練されているんです。日本人よりも海外の方々のほうがコスプレを好み、自由に楽しんでいたりするのは、仮装の文化が根付いているせいかもしれませんが、ひとつの「スタイル」として力を持っているからだと思います。意識的にオタク的な作品を作る村上隆さんがルイ・ヴィトンとコラボした例もありますし、今後、海外の有名ブランドが日本のマンガ・アニメのスタイルを取り入れていく可能性は大いにあるしょう。コンテンツそのものはすでに広がっているので、むしろ効果的に展開していくためのプロデュース力が必要とされるのだと思います。

グラフィックノベルとしての、少女マンガの可能性

藤本 もうひとつ、見逃されているのが「グラフィックノベル」の存在です。もともとは北米で、小説と同様の位置づけで大人向けに出版されるマンガのことをいいますが、最近は欧米諸国でも注目度があがってきています。日本では、マンガの市場があまりに多様なので、海外では「グラフィックノベルとして売られているものも、「マンガ」のカテゴリーの中に埋もれてしまっている。ですが海外では、「マンガ」と「グラフィックノベル」はまるで別物。特に日本の少女マンガは、ティーンに向けた作品ととらえられていることが多いので、その枠組みの中にあるがゆえに本来の読者に届いていないものもあるような気がします。たとえば萩尾望都さんや山岸凉子さんたちのような文学性も哲学性も高いマンガは、むしろ「グラフィックノベル」として売り出していくほうがよいのかもしれません。


――10代向けの作品だと敬遠している、大人の読者たちに向けて発信するということですね。


藤本 大人が対象になってくると、インターネット上で違法に無料で読まれる確率も多少は低くなるんじゃないでしょうか。逆に、もとは少女マンガなんですから、大人を入り口に徐々に若い世代にも浸透していくということもあるかもしれません。ものすごく大きな市場ではないかもしれないですが、確実に存在する市場だし、社会的地位の高い市場なので無視はできないと思います。男性の例になってしまいますが、手塚治虫さんの『ブッダ』や『アドルフに告ぐ』はまさにグラフィックノベルとして認識されているからこそ、広まっているというところもありますね。辰巳ヨシヒロさんもそうです。日本での現在の知名度に比べ、海外では非常に知名度の高い作家ですから。この秋には、シンガポールの監督が撮った『TATSUMI』が、角川シネマで公開されます。
 片方で、一部では、日本のメディアミックスのビジネスモデルを日本と同じようにそのまま海外でも展開できると思い込みすぎている、という批判もあります。日本と状況がちがうことを理解しないまま、日本のビジネスモデルをそのまま持ち込みすぎていると。そのように、状況の違うところに日本のやりかたを押しつけるのではなく、市場を育てていく姿勢も必要でしょう。現地にとっては多すぎるコンテンツを早急に押し込むのではなく、まず市場を育て広げることを考える。そういう意味では、日本の少女マンガはまだまだ、新たな可能性を秘めていると私は思います。


(2014年7月8日、明治大学中野キャンパス藤本研究室にて/構成・文=立花もも)

PROFILE

藤本由香里ふじもと・ゆかり

1959年生まれ。明治大学国際日本学部教授。評論家。研究分野はマンガ文化論・ジェンダー論、少女マンガの発展過程・マンガの国際比較。東京大学教養学科卒業後、筑摩書房に入社。2008年から現職。手塚治虫文化賞・メディア芸術祭マンガ部門・講談社漫画賞などの選考委員を歴任。日本マンガ学会理事。著作に『私の居場所はどこにあるの?』(朝日文庫)、『少女マンガ魂』(白泉社)、『きわきわ』(亜紀書房)など。