スペシャルレポート Vol.1 世界に羽ばたく日本コンテンツの実力

 KAWAII(カワイイ)が世界共通言語として浸透し、和食がユネスコ無形文化遺産に認定され、着々と世界に羽ばたきつつある日本のカルチャー。この秋始動する「SUGOI JAPAN」 国民投票は、日本にはもっとスゴイものがある、とりわけポップカルチャー――「マンガ」「アニメ」「ラノベ」「エンタメ小説」――の力はスゴイのだということを発信していくための第一歩だ。
 しかし実際、日本のコンテンツは海外でどれほどの力を持っているのだろう? 「東京国際マンガミュージアム」(仮)設立準備を進めている、明治大学国際日本学部准教授・森川嘉一郎氏にお話をうかがった。

日本の“多様性”はSUGOI!!

――まずは、日本のコンテンツが今後、どのように世界に広がっていくのか、広がっていくべきなのか、その可能性についてお聞かせください。


森川 世界で売っていこうとする場合、ライバルとなるアメリカのそれと比較してみると、日本の特徴がわかりやすいですね。たとえばアメリカのアニメーション、典型的にはディズニーの作品群を見てみると、男の子でも女の子でも、さらには家族みんなで見ても、誰もが楽しめるような物語が目指されています。これはハリウッドの大作映画の傾向でもあるのですが、邦画とはケタ違いに大きな予算がかけられ、それを回収すべく、幅広い層に受け入れられるように、緻密な配慮を張り巡らせてつくられている。多民族国家なので、そもそもアメリカ国内で公開する上でもさまざまな民族的・宗教的価値観に配慮しなくてはならないのと同時に、公用語が英語なので、国外の多くの英語圏の国々で受け入れられやすく、必然的に国際市場で売ることが前提になります。ここが、日本とは根本的に異なっている点です。そこから考えても、ディズニーやハリウッド大作に伍(ご)して世界的に売れるような作品をつくろうとすると、日本は本来、非常に不利なんですね。ただし、今回の「SUGOI JAPAN」はゲーム分野を対象にしていませんが、『スペースインベーダー』や『スーパーマリオブラザーズ』、『ポケットモンスター』のように、ゲームないしはゲームを原作とする作品には、まさに世界的に大ヒットした日本産のタイトルがいくつかあります。


――日本のマンガやアニメ作品はなかなか、日本人以外に受け入れてもらうのがむずかしい、ということでしょうか。


森川 いいえ、そうではないということは、日本のマンガ、アニメ、ラノベも海外で広範に受けいれられている現状からして明らかです。しかも、特定のタイトルが世界的にメガヒットするのとは、別の次元で浸透しているというところが特徴的です。理由はさまざまにありますが、その最大の一つは、ものすごく大きなお金をかけてできるだけ幅広い層を狙うという、先ほどのディズニーやハリウッド型のスタイルでは逆に生み出せないような自由で多様な作品が、日本では分厚くつくられ続けていることにあります。世界的に売ろうとすると、いきおい国内的に有名なヒット作品に目が向けられることが多いです。しかし、そうしたビッグタイトルの陰で見過ごされがちになる、全体的な多様性こそが、むしろ他国の追随を許さない日本のマンガやアニメの強みであり、そこにさらなる展開の可能性が秘められていると思うのです。

日本にしかない、「少女マンガ」という文化

――その多様性というのは、海外ではあまり見られない特徴なのでしょうか。日本のアニメ・マンガの特質について、詳しく教えていただけますか。


森川 もっとも象徴的なのは、「少女マンガがある」ということですね。「なんでそれが?」と疑問に思われるかもしれませんが、再びアメリカのディズニーに目を向けると、そのアニメーション作品は基本的にファミリー向けであって、どちらかというと女の子に好まれる傾向の作品はあったとしても、特に「女の子向け」と枠付けられているわけではありません。ディズニー以外だと、マンガなら、『バットマン』などのマッチョなスーパーヒーローを主人公とする、「男の子向け」とされるジャンルがアメリカにあります。でも「女の子向け」のマンガは、作品単位でなら見受けられるものの、それらがジャンルを成しているとは言いにくい。それに対して日本では、毎月多数の分厚い少女マンガ雑誌が街の本屋さんやコンビニで売られ、どこの書店でも少女マンガの単行本がずらずらと並ぶ棚がつくられ、そしてそれらとメディアミックスされた国産の「少女向けアニメ」がテレビで毎週放映され続けています。そのような状況は、日本特有なんです。それが、日本からいくつかの国々にジャンルごと輸出されはじめています。
 それだけではありません。日本では、「少女向け」といっても小学校低学年向け、やや高学年向け、さらにはティーン向け、ヤング向け、主婦向けといったさまざまな年齢層に向けて編集された女性向けのマンガ雑誌があり、ターゲットが絞りこまれた作品が展開されています。それらは、母親の世代には理解しにくいけれど今の少女の心には強く刺さったり、結婚したり子を持ったりしてはじめてわかる心情を描くなど、特定の年齢層や世代に深い共感を生むようなつくり方がなされています。女性向けだけではなく、男性も少年向け、青年向け、マニア向けなど多種多様にありますし、さらには麻雀マンガ誌や釣りマンガ誌など、特定の趣味に特化したマンガが、作品単位はおろか、雑誌を成して展開されていることも特徴的ですね。


――ふりかえれば昭和初期から、少女マンガの前身となる少女小説が生まれ、かなり古くから日本にはそうしたジャンルが存在していたと思います。なぜ日本だけが、そういった文化を育てることができたのでしょう。


森川 日本における子どもの「お小遣い」の貰い方や使い方の傾向に、一つの要因を見出そうとする説があります。一般に日本の子どもたちは、マンガ誌を親から買い与えられるというよりも、定期的に親から貰うお小遣いの中から自分で選んで買うわけです。では海外はどうかというと──「海外」と一口にいってもいろいろな国があって、それぞれ文化や風習が異なるので単純な比較はできないのですが──子どもが読むものを親が吟味して購入する傾向の強い国だと、そこでつくられる作品は当然、親に選んでもらうことを意識したものになりますよね。想定読者は子どもであったとしても、商品としてのターゲットはその親になるわけです。けれど、購買の主体が子どもにある場合、読者となる子どもに選ばれるようにすることが至上命題になります。その象徴が「週刊少年ジャンプ」で、その掲載作品は読者アンケートの人気を指標とする、厳しい競争にさらされています。そういう仕組みでつくられていれば、必然的に、たとえ親が顔をしかめかねないような内容であったとしても、それぞれの雑誌の読者の年齢層にピンポイントで魅力を感じさせるような内容に研ぎ澄まされていくわけです。

手塚治虫がつくった、日本のマンガ・アニメの特徴

――ターゲットとジャンルの多様性以外に、日本のマンガ・アニメの特質はありますか。


森川 日本のマンガやアニメのルーツが語られるとき、それらを日本独特のものとして位置付けようとするあまり、浮世絵や絵巻物に接続されることが多くあります。ところが、逆にそれによって見過ごされがちになるのは、日本のマンガやアニメがいかにアメリカやヨーロッパに多くのものを負っているか、ということと、実はそこにこそ極めて日本的な特質が宿っている、ということです。その特質のキーパーソンになったのが、手塚治虫です。手塚はディズニーの絵柄とSFという、ともに欧米から流入したものでありながら、当の「本国」では当時、別々のものだったものを混ぜるという、錬金術のようなことをしたんです。そうして生み出された手塚の作風それ自体が、その後の日本のマンガやアニメの大きな特徴の一つになっています。
 ディズニーの『バンビ』を映画館に何十回も足を運んで観た、というのは手塚の逸話としてしばしば語られることですが、彼は同時に『ロストワールド』や『メトロポリス』などの欧米のSF小説や映画にもインスピレーションを得ていました。ディズニーもSFも、終戦直後の日本に流入した時、当時の日本人にとっては豊かで先進的な欧米のポップカルチャーとしてまばゆく映りました。手塚はこれらにともに影響を受け、絵柄はディズニーのアニメーションのように丸っこくて可愛らしいのに、展開される物語はハードなSFという、斬新な作品群を繰り出したわけです。キャラクターの可愛らしさが、そのキャラクターたちが置かれるSF的状況の冷徹さやスケールの大きさを強調し、それゆえ時に非情さを帯びる物語が、逆にキャラクターたちのあどけない魅力を増幅する。そのような相乗効果も、あったと思います。


――そんな手塚治虫の発見を、その後、日本のマンガ家たちが育んでいったのですね。


森川 そのような手塚の作品に衝撃を受けてマンガ家を志した青年たちが、駆け出しの頃にトキワ荘でともに過ごすことになり、そこで刺激し合ったという話は有名ですね。そうしたマンガ家たちの作品や、それらを原作とするアニメ、さらには手塚が設立したアニメスタジオである虫プロなどを通じて、手塚の作風は日本のマンガだけでなく、日本のアニメの特質にもなってゆきました。また、少女マンガでも西洋からの摂取がさまざまな形でなされてきました。例えば70年代前半には大泉サロンという、「女性版トキワ荘」ともいうべき場が形成されましたが、そこでは若い女性の作家たちが少女マンガの表現に革命を起こすべく、ヘルマン・ヘッセの文学作品などに積極的に触れたりしました。その中から、美少年同士の関係をその内面とともに深く描く、それまでの少女マンガにはない潮流が生み出されたりしてきました。

日本のマンガを支える「コミックマーケット」

――そもそも日本には、マンガ・アニメの発展を促す土壌をつくった描き手たちが、かなり大勢いるような気がします。


森川 日本の、とりわけマンガのもう一つ大きな特質は、描き手と読み手の垣根が低いということです。プロでないのにマンガを描ける人、描いている人が、とても多くいる。その大きな基盤となっているのが、コミックマーケットに代表される同人市場です。
 マンガの同人誌というと、一般の書店で目にされることはないので、日本のマンガの特質の一環として挙げられることにピンと来ない方が多いかもしれません。ところが、先ほどのコミックマーケットは、3日間で延べ50数万人を集める、1日あたりの集客数にして日本最大の屋内イベントになっています。会場の東京ビッグサイトでは、モーターショーをはじめとする日本のさまざまな基幹産業の見本市はもちろん、大手出版社やアニメプロダクションの出展を中心とするマンガやアニメのイベントも行われていますが、それらよりも多いわけです。そしてそこでは、毎回3万5千ものサークルが自分たちが作った同人誌を頒布(はんぷ)します。その約7割が、女性であるということも特徴的です。


――参加している方はみなさん、プロをめざしている方なのしょうか。


森川 そういう人も、もちろんいますが、大半は趣味として描いている人たちです。日本の場合、そのように趣味で描いている人たちがたくさんいるので、ファンの人たちが気軽に「自分もやってみようか」という気になりやすい。同じ作品が好きな友だちが何人かいれば、それぞれがわずか数ページを寄せ合うだけで同人誌になります。それを少部数から印刷・製本してくれる印刷所がたくさんあり、即売会に出展したら、好みを同じくする人たちがいっぱいいて、目の前で買ってくれたり感想を言ってくれたりする。そのように、描くことを促す分厚い環境があるわけです。それはスポーツで言えば、競技人口が極めて大きい状態に相当します。だから、多様な才能が発見されやすくもある。趣味の気楽さではじめてみたら、意外な人気を帯びて、何やら自分に才能がありそうだ、と気付いたりもするわけです。そしてコミックマーケットなどの同人市場には出版社の編集者も目を光らせていて、スカウトが行われたりしています。
 実はこれが近年、マンガ家のプロデビューの太いルートになっています。書店のマンガ雑誌の棚には、今や、作家陣の多くがそうした同人出身のマンガ家で構成されている雑誌が多くなっています。編集者からしたら、そうした作家は技量や人気の程がわかりやすいことに加えて、同人市場ですでに読者がついているので、育てる手間をかけることなく、登用すれば雑誌に読者を引き連れて来てくれたりもする。ある意味、コミックマーケットは世界最大のマンガ家の学校としても機能しているわけです。
 そのような、クリエイターの土壌になっているだけでなく、同人市場は、何万ものサークルによって構成される多様性から、さまざまな潮流や流行、新たなモチーフが生み出される場にもなっています。書店で売られるマンガや、テレビで放映されるアニメも、そうした同人市場で生まれた流行やモチーフの摂取が目立つようになっています。日本のマンガやアニメの特徴である多様性を、さらに増幅するエンジンにもなっているわけです。
 そしてそのような同人市場の風土があったからこそ、ユーザーが歌声を自由に合成できる『初音ミク』が登場したときに、かくも多くの楽曲や動画、イラストが趣味の投稿者によってつくられ、ネットで共有されるという状況が生まれたのだと思います。アマチュアによる趣味的創作物の集合体ともいえる初音ミクが、歌の多くが日本語であるにも関わらず海外でも大変な人気を博し、いろいろな国でコンサートが開かれたり、アメリカのトヨタによってカローラのテレビCMに起用されたりしている状況は、マンガやアニメの今後を考える上でも示唆的です。

インターネットを通じて世界へ

――このような形で生み出されている日本のマンガ・アニメを、海外の人たちはどのように親しんでいるのでしょうか。


森川 よく知られているように、日本製のアニメはさまざまな国で放映されているので、それらの国々では、人々がかなり広範に子どもの頃にテレビを通して接しています。ただし子どもですから、それらのアニメが日本産であることは必ずしも意識されていません。これがまず、広い層として存在します。そして多くの国々では「マンガやアニメは子ども向けのもの」という意識が日本よりずっと強いので、子どもの頃に幅広く親しまれつつも、ほとんどの人の経験はそこにとどまります。ただしそうした国々でも、中高生以上、さらには大人になっても愛好し続ける人たちがいて、子どもの頃に熱中したそれらが日本産のものであることに気付き、そしてさまざまな年齢層向けの多様な作品群が存在することも知り、手を伸ばすようになります。先ほどの広く浅い層に加え、これが狭く深い層として存在します。ブロードバンドのネットが普及する以前は、主にビデオ店が、そうした多様な日本のアニメの流通経路となってきました。「日本のアニメが海外で大人気」と強調する文脈で、1996年にアメリカの『ビルボード』誌上のビデオの週間売り上げで『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』が1位になったという事例がしばしば掲げられてきましたが、これもそのような枠組みでとらえる必要があります。
 日本で「クールジャパン」というフレーズが使われるとき、この狭く深い層における人気の博し方と、広く浅い層における浸透ぶりがごっちゃにされていることが多いと感じます。ただし、ネットという新たな流通経路の発達が、それまで狭い層にしか届いていなかった多様な作品群を、より広い層に浸透させつつあります。


――違法ですが、海外のファンが放映されたアニメに字幕をつけて動画サイトに投稿していたりしましたね。


森川 著作権を侵害する行為で問題ですが、彼らの多くは不当な金儲けを目的としているわけではなく、好きな作品を共有したいと考え、誰からお金をもらうわけでもなく翻訳してアップロードしている、ということも注目すべきだと思います。アニメだけでなく、マンガもフキダシの中身を翻訳して置き換え、同様にネットで共有したりしています。いずれも違法な問題行為ですが、彼らは、彼らにとっては外国の作品であるそれらを主体的に選び取り、手間暇かけて翻訳している。そんな熱意を投ずるほど愛好しているともいえるわけで、きちんと合法で権利者に収益が還元される仕組みとそうしたファンをつなぐ方法が模索されています。
 みんなで同じものを観ることをうながしてメガヒットを目指すビジネスを「20世紀型」とするならば、多種多様な作品群から人々が各々の細やかな趣味や関心に沿って主体的に選びとることを基調とし、また誰もが発信者やクリエイターになる可能性を持つ、「21世紀型」ともいえる提供のインフラが広がりつつあります。そして結果的にではあるかもしれませんが、今の日本のマンガやアニメは、この21世紀型にマッチする多様性を大きな特質としています。さらなる展開を目指すならば、その多様性が持つ可能性の追究が鍵になると私は思います。
 もちろん「20世紀型」が淘汰されてすべてがいきなり「21世紀型」に切り替わる、ということにはなり得ないので、相乗効果を持つような両者の関係のあり方を考えることも大事だと思います。今回の「SUGOI JAPAN」の事業が、そのような機会になることを願っています。


(2014年6月1日、明治大学中野キャンパス森川研究室にて/取材・文=立花もも)

PROFILE

森川嘉一郎もりかわ・かいちろう

1971年生まれ。明治大学国際日本学部准教授。専門は意匠論。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学大学院修了。桑沢デザイン研究所特任教授を経て現職。2004年、イタリアにて開催されたヴェネツィア・ビエンナーレ第9回国際建築展にて日本館展示のコミッショナーを務め「おたく:人格=空間=都市」展を製作。同展は星雲賞自由部門を受賞。明治大学にてマンガ・アニメ・ゲームの複合アーカイブ施設となる「東京国際マンガミュージアム」(仮)の設立準備を推進し、先行施設となる「米沢嘉博記念図書館」が09年にオープンした。著書に『趣都の誕生――萌える都市アキハバラ』(幻冬舎)など。